2008年6月アーカイブ

団塊おじさんの後期高齢者の90歳の父は、70年以上吸い続けてきたタバコをそう簡単に禁煙することなど出来るはずがありません。取り上げられた両切りピースをバイプでくゆらす事ができなくなってしまったものの、看護婦に取り上げられたピースの箱をまだ病室に隠し持っていたのです。
団塊おじさんの後期高齢者の90歳の父は、入院している病院の救急車入り口で、タバコを吸っていてクラクラとして倒れ、それを見ていた通行人が119番通報をして救急車が救急車入り口にピーポー・ピーポーとかけつけました。そして救急車に運び込まれそのまま本人が入院している病院の救急入り口に横付けです。
団塊おじさんは病院の看護婦から事件の顛末を電話で聞いて病院に飛んで行きました。後期高齢者の父はタバコが大好きで、入院までは「両切りピース」を一日二箱吸っていました。しかし、病院は禁煙です。ただし病院側も愛煙者のために配慮?して、病院の外の道端で喫煙する事は大目に見ていました。
団塊おじさんの後期高齢者である90歳の父のガンとの闘病生活は続きます。肺がんの治療は放射線をガン部位に照射して治療するとかで、36回照射治療するのが通常との説明を主治医の先生から受けました。今回の病院は付き添いの必要がない完全看護のため、土日の休日に病院通いをしました。
団塊おじさんと父は二人で、ガンマ・ナイフの治療を受けるために3つ目のその病院を訪ねました。ガンマ・ナイフの設備がある病院で2泊3日の入院治療です。一日目は放射線でのミリ単位での治療に必要な立体的な治療部位の確定の為の検査を受けました。

 団塊おじさんは大病院から紹介された病院に後期高齢者の90歳の父を連れて行きました。この段階で父は自分がガンであることは知っていましたが、何故違う病院に行くのかは本人には知らさないでおきました。


やはり直ると思い込んでいるのに、病院をたらいまわしにされているとは言えませんでした。今度の病院でも同じように検査・検査でした。医療費の抑制はまず検査からだと痛感しました。お互いの病院でなぜ検査した患者情報を共有しないのでしょうか?。団塊おじさんは考えます。

団塊おじさんは残り少ない会社に、後期高齢者の父の病院付き添いの為に、初めて有給休暇の取得を申請しました。

 

不安で、不慣れな、はじめての大病院は検査・検査です。てっきり設備の整ったガンの治癒率が高いと評判の大病院に入院・治療と思っていたのに、検査結果は紹介状の先生ではない他の先生(助手)が、難解な専門用語をつかって、まわりくどく説明し、結論は違う病院に行ってくれと言いました。

団塊おじさんの父も母も後期高齢者ですがいまだ健在?です。還暦を迎える年齢まで両親が生きていてくれて私は幸せ者で有難いと思っています。
90歳の父はガンです。「あたま」・「背骨」・「肺」・「前立腺」一つでも要らないのに、四つも大事に持っています。現在も自宅で母と二人の生活を続けています。

 

団塊おじさんの所属する厚生年金基金の担当者によると、普通の厚生年金基金のしくみはそんなに複雑ではなくて、「終身年金」と「有期年金」の簡単な二種類の組み合わせを選択するらしいです。

決断が難しい「終身」か「有期」かの選択について、国の代行部分は終身年金となるので基金が国の代行部分を持つからには『終身』『有期』の選択はやはりどうしても必要なようです。

団塊おじさんから皆さんへ。「CB加算」って言葉聞いた事がありますか?

若くて頭が柔らかい間ならば、新しい言葉でもスーっと心は青春のあたまに入ってきたかも知れませんが、なにせ団塊おじさんは、心は青春の気持ちでいっぱいなんですが、肝心の頭脳はそうは簡単に新しい言語を認識してくれません。

団塊おじさんの自宅に送られてきた『年金・選択一時金試算回答票』には、ますます難しい言葉が羅列されていました。


例えばこんなふうです。

団塊おじさんの所属する厚生年金基金に直接電話をかけて、自分の場合一体60歳からいくらもらえるのかを聞きました。
団塊おじさんは、まだかろうじて現役サラリーマンです。普通サラリーマンは、20歳以上60歳未満の全ての国民が加入する『国民年金』と、サラリーマンが加入する『厚生年金保険』の2つの年金制度に加入し、2階建ての年金制度に加入しています。
団塊おじさんの自宅に社会保険庁から送られてきた「厚生年金の年金加入記録のお知らせ」をよく読むと、④事業所名称の欄に勤務先名の下部に( )して(厚生年金基金加入期間 資格取得年月日 昭和46年3月20日)と書いてありました。

団塊おじさんの場合、満58歳になった直後の平成19年1月に社会保険庁から「年金見込み額のお知らせ」なる書類が届きました。

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団塊おじさん以外にも、定年・60歳はだれでも一度はやってきます?。団塊おじさんは、5年前から家族と話し合って毎月の生活費を60歳からの嘱託での収入レベルに徐々に引き下げる努力をしてきました。
団塊おじさんの大切な会話ツールである携帯電話も手放したらって、会社の先輩から言われた事があります。でも団塊おじさんの場合は、目の中に入れても痛くない可愛い孫のその日の出来事を写真で伝えてくれる団塊二世世代の娘と、息子の嫁からのメールが2通毎日あって子供達との会話を楽しんでいるのです。

団塊おじさんは、快適な生活?に慣れていた定年までの生活パターンをすこしづづ変える努力を来るべき定年日に備えて現在続けています。

 

団塊おじさんは大変です。家計を支えるお父さんの月給が激減してしまう還暦60歳の定年日がいよいよ現実となる日が近くなったのです。正社員である古き良き時代の所得はあと数ヶ月でさらばです。
団塊おじさんは大変です。昭和23年12月生まれにとうとう人事部から今後の希望についてアンケート調査がありました。「定年後引き続き嘱託として再雇用を望むか」・「定年退職するか」。いよいよ来たなと思いました。団塊おじさんは迷わず引き続き嘱託として会社に残る道を選択しました。
今年、六十歳の還暦を迎える団塊おじさん自称 『心は青春』おじさんです。現役サラリーマン生活38年を振り返って、思うこと、老後の生活に考えておかねばならない事など、60歳まであと180日となったのを機会に、これから「団塊おじさんのひとりごと」をしていきたいと思います。
つれづれにお付き合い下さい。

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