祇園祭の前祭りと後祭りって?
団塊おじさんの住む京都は祇園祭一色です。7月17日の巡行で長刀鉾を先頭に四条烏丸を東に四条通を進み、河原町四条で辻回しの晴れ舞台を終えた後、河原町通を北上し、河原町御池を今度は西行してそれぞれの山や鉾町に帰っていきます。でも昔は違いました。前祭り、後祭りって言葉ご存知ですか?
団塊おじさんが「高~校三年生~」ではなく、たしか高校二年生だった昭和40年頃までは「17日の前祭(さきのまつり)」、「24日の後祭り(あとのまつり)」に分かれていました。祇園祭と言えばほとんどの観光客が17日に観光に来て、われわれ地元の町衆だけが24日に後祭りとして祇園祭を楽しんでいました。
団塊おじさんが中学高校時代のふる~いお話です。前祭りの先頭はいつも長刀鉾(くじとらず一番)
最後は船鉾で、長刀鉾を含めて鉾9基・山14基が17日の都大路を練り歩きました。後祭りは北観音山を先頭に南観音山まで9基の山がおなじく都大路を練り歩きました。
皆さん山と鉾の違いってご存知ですよね。山というのは人が担ぐのに対して(今は担ぎ手が少なくなりほとんどの山が小さな車をつけて押していますが)、鉾というのは四つの大きな車輪があって太いツナでエンヤラヤァーと引っ張っるのが一番大きな違いです。残念でした。実は例外があるのです。
後祭りのくじとらず一番の北観音山、最後を飾るくじとらずの南観音山は、山という名前ですが実は大きな車輪が四つついている鉾なのです。後祭りの町衆が前祭りと張り合ったのでしょうか?今年の祇園祭、注意して確認してみてください。あ~あ、今は昔の話ですね。
こころは青春の団塊おじさんでした。
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