四国八十八カ所納経所のドライヤー不要の論理とは?
団塊おじさんは四国八十八カ所でさまざまな体験や経験をしています。それは現在も進行中です。
これからお遍路に行かれる方、あるいは現在進行形の方へのお知らせです。
ある札所の納経所でのご住職のお話です。初めて札所を回り始めた初日のことです。団塊おじさんは納経所の周りをキョロキョロ探し物をしていました。
どこの納経所にもあるはずのお軸を乾かすドライヤーがないのです。「うちはドライヤーないよ」 「なぜだか判るか?」
そんなの判るはずがありません。「いえわかりません」とご住職に答えました。「教えてやろう、あなたは、ここに来るまでにどれだけの時間をかけて来たの?」「これから札所を回るのなら、どれだけの時間をかけなければならないのか、君はわかっているのか」
「あなた」から「君」に言葉使いが変わってきました。
「今お軸に書いた墨が乾くのに一体どれだけ時間がかかるというのかね」
「たかだか数分だ、君がここまで来るのに使った時間と比べてみなさい。」
「なぜわずかな時間を君は待てない!」・・・
そんなこといわれても・・・。今までの札所の納経所にはドライヤーはあったし・・・。初めて回っているんやから、あるのが当たり前と思って探していただけやんか・・・。
でも、すごくごもっともなお説教でした。全くその通です。墨が乾くまでのわずかな時間が待てないほど急がなければならない理由など私にはありません。
せっかく参拝して納経帳にご納経していただき、お軸に書いていただいたのに、回り始めだとはいえ、せかせかしていた自分の態度に恥じ入るばかりでした。
ご住職のお話はまだ続きました。なるほどそのとおりだとつくづく考えさせられました。
こころは青春の団塊おじさんでした
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