2008年9月

団塊おじさんは「誰も教えてくれない臨終から葬儀・お斎のチェック項目」として、平成20年8月に経験した事を別表にまとめました。
死亡診断書作成依頼からお斎まで、細かいチェック項目を記載しております。閲覧用と印刷用を作りましたので、是非ご利用ください。

 

団塊おじさんは葬儀社との付き合いなど、今まで全くありません。でも高齢化の今、この種の仕事をしている人達を、あたまから毛嫌いしていたのではコトは前に進みません。

ドクターにはあたまが下がりましたが、この仕事をしている人達にもその仕事振りを観ている間に想像以上に大変なお仕事だと思うようになりました。

団塊おじさんが葬儀社の人が来るまでの間に次にしたことは、親戚への連絡でした。
父は三男で兄弟の中で最後に残った人でした。親戚関係の中では最も高齢で、兄弟や親戚の葬式にも顔を出し、順番から行けば今度は父の番でした。

親戚の中でも本家筋と分家筋があります。いわゆる長男筋とそれ以外筋、葬式には出ていても自分で経験したことのない分家筋の団塊おじさんは、迷わず本家筋の長男の家に電話をしました。

団塊おじさんの90歳の父は人生最後の朝を自宅で迎えました。まだ早いのに「あっち」に逝ってしまいました。ドクターに聞きました 「先生有難うございました。私はこれから何をすればよいのでしょうか?」

ドクターは答えました 「まず、葬儀屋に連絡しなさい」「クリニックに帰って『死亡診断書』を書きますから後から取りに来てください」「役所に提出する書類に必要ですから・・・」

団塊おじさんの90歳の父親は「あっち」に逝ってしまいました。眠るように静かに苦しむことなくその日の朝を迎えました。

「ちょっときてくれる? おじいちゃんの様子がおかしいんやけど・・・」危篤状態を脱してから二週間、家族の間にも緊張感が少し緩み、お毎日の看護生活にもリズムが出来てきた頃でした。

団塊おじさんは90歳の危篤状態を脱した父親の終末医療方針が、お医者さまの考えておられる方針と同じである事にほっとすると共に、こんなに献身的に医療行為をしていただけるお医者様と出会えてうれしく思いました。

いまどき、土日、早朝、深夜の関係なく、自宅に酸素吸入器まで持ち込んで一生懸命に対応していただけるお医者様なんて、そんなにいらっしゃらないと思います。

団塊おじさんの90歳の父親はお医者さまの懸命の治療で何とか危篤状態を脱する事が出来ました。心配そうに危篤の電話で駆けつけてくれた身内も、一安心してくれました。

一夜明け小康状態を保つ父の姿は、昨日までとは一変していました。口から酸素が常時吸引され、ベットで眼を閉じている様子は、明らかに病状が一歩進んだ事をあらわしています。

団塊おじさんの90歳の父親が一度危篤になったことがありました、7月20日です。いつもと違う苦しそうな呼吸をしている容態を見て、日曜日の夜でしたがお医者様の携帯に電話をしました。

しばらくして、お医者様が大きな身体で汗を拭きながらきていただきました。
「先生、いつもと違うようですが・・・」「そうですね、危篤状態ですね。」・・・・・・・・・?

団塊おじさんの場合は恵まれていました。90歳の父が要介護4の状態になったとき、自宅近くの開業医に往診の依頼に行きました。

初めての医者で90歳の父が一度も罹った事がなく、ただ自宅から徒歩五分にある開業医というだけでその医者の門をたたきました。

団塊おじさんはもちろん昭和23年生まれの団塊世代です。ちょうどこの60歳前後の世代の両親は、ご健在であれば90歳前後のお年になっておられるのでは・・・。

団塊世代もすでに60歳、そのご両親は?、もうすでに・・・? あるいは、ご健在であっても介護が必要になっている場合が多いのではないでしょうか? 

アーカイブ

プロフィール

ニックネーム
団塊おじさん
性別
団塊世代の男子
誕生
1948年(昭和23年生)
子年生
血液型
B型
趣味
格安ツアー、温泉、四国八十八か所巡拝、テレビのお守り
好きな言葉
義理・人情
コメント
還暦を過ぎた後も、年金受給年齢まで現役続行宣言をしています。団塊世代の身近に起こっている介護の問題や、これからの年金生活についても皆さんと一緒に考えて行きたいと思っています。
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