NO76 家族葬にしてよかった
団塊おじさんの場合、静かに父を見送りたいという気持ちから、『そのコト』を家族葬としました。ほとんど親戚ばかりですから生前の話などをされると、つい目頭が熱くなる場合がありました。
大勢の方にお参りいただき、『そのコト』を盛大に行うことも、良いのかもしれませんが、参拝者の数が多いほうが決して良い『そのコト』で、父のより良い供養になるとは団塊おじさんは思いません。
むしろ、参拝者の数は少なくても、ご参拝いただいた皆さんが、それぞれに父を偲び、たとえ一時なりとも父の事を思っていただければ、私は父はきっと喜んでくれるのではないかと思います。
だから、家族葬にしました。お通夜も告別式も最初から終わりまでみんなが座って最後の別れをしました。立礼をして知らぬ間に終わってしまった・・・なんて誰の為の『コト』をするのでしょうか?
という発想で家族葬としました。
結果的には団塊おじさんは、「家族葬にしてよかった」と思っています。それはもう一つの理由があったからです。
大概の『そのコト』は、ある日突然ではなく、病院を含めて少しずつ『そのコト』がそろそろ起こるのではないか?、『いや、まだもう少し・・・』と家族は思いながら近づいてくるものです。
そして、『今晩がヤマです・・・』とよく言われるように、夜を徹して『そのコト』が近づいてくる場合が多いようです?。
父の場合もそうでした。午前一時過ぎに母から電話があり、そのままウトウトするかしないかで朝を迎え、『そのコト』が起こり、いろいろな人とはじめての体験の連続で、もう身体はドロのようでした。
考える力も、考える気持ちも萎えて、ただ身体が熱っぽく、しかし頭が冴えて神経がピリピリしている状態で「そのコト」を黙々と進行しているのです。
大勢の人に声をかけられて『大丈夫ですか』『大変でしたね』『ご愁傷様でした』『お力落としのないように・・・』な~んて言葉、むなしい言葉でしかありません。
「ありがとうございます・・・」なんて言葉を「コト」が進行中に発することも、むなしい言葉だとおもいます。
本当に疲れきった遺族の気持ちを思ってくれるのであれば、何も声をかけずに黙っていてくれるほうが団塊おじさんの場合はありがたかったです。
『そのコト』を経験された方、いかがですか? これから経験される方、頑張って?下さい。
こころは青春の団塊おじさんでした
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: NO76 家族葬にしてよかった
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.souzoku-kyoto.com/mt/system-tb.cgi/88


コメント(0)
コメントする