NO77 香典の管理
団塊おじさんの場合、『コト』が起こってお通夜の受付に親族の若い二人を指名しました。
親戚からの香典の授受と、ご近所・友達からの香典の謝辞はその使い分けをうまくしてくれました。
それは、やはり親戚の顔と名前がほとんどわからない二人のために、団塊おじさんが受付横にいて
うなづいたり、首を横に振ったりと、香典授受のイエス・ノーの指示を出していたからでした。
こんな指示も出しました。「お通夜式が始ったら、全部の香典をもって椅子に座れ。」「受付に香典の包みを置いておくな・・・」香典泥棒の話を以前聞いた事がありました。でも、それだけではなくて、
もし、香典袋が無くなった場合、参列していただいている親戚の皆さんを疑ったり、探してもらったりの迷惑をかけない為の、事前予防の意味を兼ねて出した指示でした。
『そのコト』がほとんど初めて経験する人がいる場合、細かなことまで指示を伝えておかないと、せっかく参列いただいた親戚筋に嫌な思いをさせてしまう事になります。
忙しいからとか、こんなことぐらいは分かっているのでは・・・?とか自分の常識?や、思い込みで、後から嫌な思いをしたり、させたりするのであれば、今までの自分の経験則で考えられるあらゆる すべてを考えた上で、任せるところは任せるというのが、団塊おじさんの人生訓です。
若い人に物事を頼む場合、あまり言うと嫌がられるからと、最初から任せっぱなしにしておいたのでは、若い人は何に注意をして良いのか分かりません。
衝突を恐れた放任主義と全権委任はまったく異なると思います。若い人を「まれなコト」を経験させることにより、またとない経験をさせて一人前の大人に育て上げていくことは親の責任だと思います。
こころは青春の団塊おじさんでした
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