N098 産婆さんから自宅で生命を受けました
団塊おじさんは自宅で産婆さんの手を借りて母親のお腹からこの世に生まれでました。
そして父は自宅で臨終の時を迎えました
最近は自宅で葬儀をする人がほとんどなくなりました。
自宅に、物理的に大勢の人を収容できる部屋がなく、たとえ大きな部屋があったとしても、座布団や湯飲み茶碗など、こまごました接客用具が最近はどの家庭にも大量に準備されていません。
また近所とのつながりもだんだん希薄になっている現状等を考えれば、自宅で葬儀をする事が難しくなってきている事はよく分かります。
従って、最近は専用の葬祭ホールを利用する人がほとんどになりました。
昔は、自宅に産婆さんを呼んで子供を生む事が、普通のこととして、家族全員がそれぞれ役割をもって、子供にいたるまでお湯を沸かし、タオルを何回も洗い、右央左央することも仕事として?家族みんなで新しい命の誕生を喜んで迎えました。
また、家族全員で病人の看護をし、小さな子供も含めて「人が天寿を全うする」ということ、人が死んでいくという厳粛な事実を事実として家族みんなが悲しんで受け止めてきました。
喜びも悲しみも、家族みんなが「人の生と死」ということについて考える事が出来た時代がありました
それが、今、赤ちゃんは病院で生まれ、老人は病院で死んで逝く時代となりました。そして、いつの間にか、人の死を忌み嫌い、なかには病院からそのまま出棺するように頼んだり、病院からの引き取りを拒否して、そのまま葬祭ホールへ運ぶ?ように葬儀社の人に言う家族もいるとのことです。
それぞれにいろいろな、家族環境や家庭環境・自宅環境などがあります。決してそれをあたまから否定するつもりはありませんが、しかし、大きな宇宙の小さな地球の中で、縁があってこの世に生を受け、その人なりの一生を精一杯生き抜き、そしてその終焉を迎えたときに・・・。
遺された家族が悲しむよりも遺産がいくらある?・・・なんてことにしか興味がないとしたら・・・。なんと悲しいことでしょう。その人が生き抜いた50年か100年は一体何だったのでしょうか?
いずれ自分も通る道です。その時自分は家族にどんなことを望むのでしょうか?
こころは青春の団塊おじさんでした
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