NO84 宇宙船地球号の乗船基準は? ~人の道~
団塊おじさんの世代は、「米粒一つでも残したら眼がつぶれる、お百姓さんが一生懸命作ってくれたお米をありがたく頂かないとあかん・・・」 と親から言われ、お茶碗にご飯粒を一粒も残さないようにとしつけられ、育ってきました。
気がつけば、自分の子供にも同じ事を言っていました。だから団塊おじさんの子供はお茶碗にご飯粒を一粒も残しません。それは今の言葉で言う『食育』だったのかも知れませんね。
お米といえば、先月農薬に汚染された「事故米」・「汚染米」で多方面に影響が出て、一時は連日新聞報道されました。
「お百姓さんが作ってくれたお米を大事にしないとあかん・・・」と「食育」をする前に、そのお米を食い物にしているヤカラがいたとは・・・。
商道徳という日本人の良き習慣は、どこに行ってしまったのでしょうか? お金が儲かれば、あるいは自分さえよければ他の人はどうなっても良いというのでしょうか?
道徳という言葉があります。『徳すなわち、ゆたかな心への道』、言い換えれば「じぶんで自分を高めるために、自分で決める『あるべき基準』」とでもいいましょうか。
それに比べて法律とは、「最低の守らなければならない基準・・・」、だと小さいときに学校の先生から道徳の時間に教えられました。
汚染された米、工業用にしか使ってはならない米を、食用にしてしまう『食ローンダリング』を行っていた人達・・・
その人達は自分や子供達が、そんな汚染された米を食べる事に対してなんとも思わないのでしょうか?
食育や商道徳を語る以前に、この人達に考えて欲しいことがあります。
それは、「人の道」です。この道だけはどんな事があっても踏み外してはならない『道』ではないでしょうか?宇宙船地球号の乗組員として・・・・
こころは青春の団塊おじさんでした
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