NO 176 ボンジョルノとグラッチェ
団塊おじさんは60歳の定年記念旅行に、地中海のマルタ島でゆっくり4連泊するツアーに参加しました。
マルタ島で4連泊するホテルは、2年前にできた五つ星のリゾートホテルで、設備も環境も食事も申し分ありませんでした。
現地で放映されているテレビは、地元のマルタTVのほか、フランス語TV、イタリア語TV、英語TVなどで、それにユーロ圏の各国語が時々混ざるため、
何語でしゃべっているのか、意味不明・理解不能の状態で、リラックスするどころか逆にストレスが溜まってしまいました。われら日本の誇るNHKの海外衛星放送は、電波が届かない?為、見ることができませんでした。
放映されているテレビは、早口で喧嘩をしているような?イタリア語、ドイツ語、フランス語などの言葉を、各国のアナウンサーが、あるいはCMが、舌を咬まないのが不思議なくらいの早口?でしゃべっていました。
一応、団塊おじさんも、大学では、ドイツ語を選択して、「優」をとったのですか・・・。 イッヒ リーベ デッヒ だけではねえ・・・・????。
もっと学生時代に、まじめに勉強しておけば、と反省することしきりです。
しかし、テレビから聞こえてくるその国の言葉は理解できなくても、現地の人やホテルの人との間で、日常の挨拶する言葉などについては、団塊世代は頑張っています。
というのも、たとえ会話をする言葉は判らなくても、片言の単語と、身振り手振りをすることで、こちらの意思を、相手に伝えることができ、お互いの意思は通じ合うことができるからです。
例えば、「ボンジョルノ」イタリア語でおはよう、こんちはーという言葉らしいですが、こちらがイタリアで朝、「ボンジョルノ」と笑顔で言えば、相手も笑顔で「ボンジョルノ」と言ってくれます。
ありがとう という言葉は「グラッチェ」、バスやホテルやレストランで「グラッチェ」といえば、笑顔で相手も「グラッチェ」といってくれます。
これでお互いの意思は十分通じているのてはないかと思います。
マルタは英語、朝「グッドモーニング」と声を出せば、相手も「グッモー二ー」といってくれます。
人と人とがお互いに向き合って、「話をしたい」という気持ちを一方が持ち、もう一人が、「何を言いたいの?」と、相手の気持ちを理解したいという気持ちを持てば、たとえ発音やアクセントはいい加減でも、十分お互いの意思は通じ合えるのではないでしょうか。
情報が一方通行であるテレビに対して、人と人とがお互いに相手の表情を確認しながら話をするという『会話』は、その特徴が双方向コミュニケーションであるために、お互いの理解がより確実に、深まるためではないかと思います。
一方で、普段の私たちの生活の中で、話したい人と聞きたい人がいる場合、お互いの意思疎通は十分図れているのでしょうか?
というのも、せっかく二人で話をしているつもりでも、「話したい人」と、「十分に相手の話を聞かないで相槌だけしている人」との間には、会話は成立していません。
『あれだけ話をしたのだからわかってもらったはず・・・』という人と、『他のこと考えていたから、話なんかよく聞いていなかった・・・』という人の関係になってしまっているのではないでしょうか?
特に家族の場合、毎日の家族の会話の中で、あるいは夕方帰宅するご主人に対して、一生懸命、今日一日あった事を伝えたい奥さんと、疲れて帰ってきたから、奥さんに対していい加減な相槌だけしかしていない、夫婦の関係なんかになっていませんか?
「えーっと、なんやったかいなあ?」、「あんた、今の話聞いてへんかったん?」というご夫婦の関係になっていませんか?、あとからもう一度聞き返す人間関係に皆さんの家族関係はなっていませんか?
せっかくお互いが理解し合うことができる言葉を、共有しているのです。
「意思を伝えたい人」の言葉をしっかり受け止めるということは、人間関係を良くする基本だと思いませんか?
相続手続支援センター京都で頑張る こころは青春の団塊おじさんでした
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