NO 178 聖ヨハネ騎士団とマルタの歴史
団塊おじさんは、定年記念旅行で地中海のマルタ島ツアーに参加しました。
紀元前2500年に造られたピラミッドより古い、マルタ文明(仮に名前をつけました)が、紀元前3000年に、エジプトに近い地中海の孤島に存在していたことを知って感激しました。
そんなマルタの歴史を皆さんに知ってもらうために、現地ガイドの説明を続けます。
みなさん、「聖ヨハネ騎士団」って知ってますか? 全く知らない? そうでしょう、
日本では、西洋史でもそんなことは教えてくれませんでしたよね???。
でも、面白いですから、もう少し我慢してお付き合いください、ね。
エルサレムへのキリスト教徒の巡礼のお話です。
1100年頃、ヨーロッパから、エルサレムの聖地への巡礼が盛んに行われていました。
ところが、同じ聖地をエルサレムに持つイスラム教徒が、キリスト教徒の巡礼者を迫害したため、その巡礼者を守るために、「聖ヨハネ騎士団」がヨーロッパで結成されました。
当初は、ギリシャのロードス島に本拠地が置かれ、巡礼者を守っていたのですが、1522年、イスラム教徒であるオスマントルコに追われ、8年の間、地中海を定住の地を求めてさ迷ったそうです。
それを当時のローマ帝国の皇帝カール5世が知るところとなり、自分の島であるマルタ島に、聖ヨハネ騎士団を招き入れました。
それを知ったオスマントルコは、1565年南ヨーロッパの侵略の拠点として、4万人の大軍団で、わずか8000人の聖ヨハネ騎士団が守る、マルタ島を包囲して攻めました。
世に言う?「大包囲作戦」というらしいですが、4万人のオスマントルコ(イスラム教)に対して、8000人の聖ヨハネ騎士団(キリスト教)はよく守り、そして勝利しました。
その後、230年の間平和な時が流れたものの、1798年、今度はナポレオン・フランス軍が6万人の兵力でマルタに押し寄せてきました。
しかし、230年の平和なときを過ごした、聖ヨハネ騎士団にはオスマントルコに勝利した時のようなちからは、もう今度はありませんでした。ナポレオン・フランスに敗れました。
ところが、そのわずか2年後の1800年、今度は、イギリスのネルソン提督が、そのフランス軍を一掃して、それ以降、160年間マルタはイギリス・英国領として統治されました
そして、1964年マルタはイギリスから独立し、マルタ共和国となり、2003年にEUに加盟し、現在に至っています。
このマルタの歴史は遡ると、まさに1000年の「宗教戦争」の歴史であり、現在も世界各地で起きている紛争が、根深いものであり、日本人が思っている以上に根の深い宗教戦争の一端なのかもしれません。
聖ヨハネ騎士団は、今でも本拠地をローマにおいて活動を続けているといいます。
歴史ってそれを知ることは、知識が豊かになって楽しく面白いことですね、そして、過去の歴史の先達たちが、繰り返してきた戦争の歴史を、私たちは、その過ちを再び繰り返してはならないことを歴史から学び取らなければなりません。
そして、紛争の歴史を知ることにより、それを繰り返さないための、知恵を学び取らなければなりません。そして、学んだ知識から、自分自身が何をしていかなければならないのか?・・・、どんなことができるのか? ・・・。
いろいろ考えさせられたマルタの歴史でした。・・・・ほんと、なにも知りませんでした・・・、世界はひろ~い。
相続手続支援センター京都で頑張る こころは青春の団塊おじさんでした
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