NO 190 「おくりびと」と終末医療 ~その1
団塊おじさんの後期高齢者の90歳の父が、昨年8月に亡くなってから半年が過ぎました。最近アカデミー賞外国映画部門でオスカー賞に輝いた「おくりびと」の話題から、当時父の納棺の時を懐かしく思い出す日があります。振り返ってお話します。
「納棺師」といわれる職業をこの映画で始めて知った人が多いようですが、昔は自宅で亡くなる人がほとんどだったので、遺族や身内の人の代わりに「納棺」をする専門職が必要だったのでしょう。
しかし、現在では88%の人が病院や施設などで亡くなり、自宅で亡くなる人の割合は約12%といわれています。
その理由として核家族化や、「死」という現実を遠ざけたい最近の日本人の死生観の変化などがあるといわれていますが、
実際、かかりつけの医者から「自宅で最後を看取る家族や親族が少なくなってきているのに、ここのおじいちゃんはしあわせだったよねぇ」 と言われたことがあります。
難しいことは60歳を過ぎた団塊おじさんにはわかりませんが、でも団塊世代として、いままで社会の中で培ってきた常識からすれば、「葬式の考え方が世の中少し変わってきたなあ・・・」と思います。
現代社会は終末医療技術の高度化で、人工呼吸器の装着などにより、死にかけている人をチューブだらけの植物人間状態にしてしまいます。
もちろんそのことを否定はしません。大切な人が少しでも長生きすることは、家族であれば誰もが思うことだからです。
団塊おじさんの後期高齢者であった90歳の父の場合は、自宅に往診に来た、かかりつけのお医者様が「体をチューブだらけにして植物人間となるよりも、自然に枯れていく医療をすることが私の方針です。どうされますか?・・・もちろん、本人が痛がったりした場合はその時また考えますが・・・」
といってくださったので、寝たきりになってからなくなるまでの2ヶ月の間、自宅で最後まで看取ることができました。振り返れば最後を自宅で迎えられて、本当に良かったと思っています。
毎日、自宅で看護(介護ではありません)をしていると、だんだん衰えてくる容態の変化を感じて、いよいよ死という現実が近くなったな・・・というその時を迎えるに当たっての心構えみたいなものができてきます。
相続手続支援センター京都で頑張る こころは青春の団塊おじさんでした
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