NO 343 庭を掃き清めることは己の心を・・・
私の職場は、仕事を始める前に、毎朝、事務所の職員が全員で分担された、それぞれの受け持ちの場所を清掃することから一日が始まります。
掃除機を使って事務所内や応接室を掃除するのはもちろんですが、廊下を拭く人、ガラスを磨く人、トイレを掃除する人、車の手入れする人・・・、
部長を筆頭に事務所の20余名全員が、今日、事務所に来られるお客様を、気持ちよくお迎えするために、そして自分達の一日の職場環境を清々しく始めるために、それぞれの掃除する場をピカピカにしています。
団塊おじさんのその日の掃除の持ち場は、ガレージの清掃でした。
その日はあいにくと、季節柄落ち葉が、前日に降った雨で「濡れ落ち葉」状態になってあちこちに散り落ちていました。
濡れ落ち葉君たちは、濡れた地面にしっかりくっ付いていて、なかなか箒で掃いても、地面に未練たっぷりで、すぐに地面からさようならをしてくれません。
一生懸命に箒で掃いて、やっと地面からさようならをして、ごみ取りの中に諦めて入ってくれてるのですが・・・
その朝は風が強く、濡れ落ち葉君を掃いても、すぐにあとからあとから、風に吹かれた新しい落ち葉君が「これでもか!もっと頑張って掃いて・・・」といわんばかりに、濡れた地面に「濡れ落ち葉」状態になって散り落ちてきます。
賽の河原のごとく、掃いても掃いてもキリがないとは、まさに今朝の状態を言うのかもしれません。まさに運が悪い?としか思えません。
箒を一生懸命掃きながら、ふっとあるお寺のご住職の話を思い出しました。
その住職いわく
「庭を掃き清めることは、自らの心を清めることです、心に垢が溜まっていると、新しい枯葉が落ちてきて(雑念)、なかなか掃いても掃いても、己の心を掃き清めることはできません・・・、雑念を捨て、己の一切の欲を捨て去ることこそ、大切なことなのです・・・」
う~ん、ただの掃除がお寺の住職にかかると、うまいことをいいますねぇ~、
『掃除は己の心をきれいにすること』なんですって・・・。
団塊の世代は還暦を過ぎて、体力や記憶力は衰えてきます、でも季節の変化や身辺への感性はむしろ鋭敏になり、豊かにさえなって来ているようです。
深まり行く秋を、己の心をきれいにするために、これからもせっせと毎朝の事務所の清掃に精を出すことにします。
相続手続支援センター京都で 遺言相談と相続相談で頑張る こころは青春の団塊おじさんでした
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