NO 392 我慢するこころ
先日ある法事で、檀家寺のご住職のお説教を聴く機会がありました。示唆に富むお話でした。
ご住職いわく、
朝から晩まで、寝ている時も無意識で行っているもの???、
それは『呼吸』だそうです。
自分の身体の中で自由にならないもの・・・、それは心臓、
死にたいと思っても心臓を止めることは出来ない。
しかし、心臓に新鮮な酸素を送る「呼吸」は、自分の意思で止める事が出来る。
自由に出来る、自分が意識しなければ勝手に呼吸運動は継続して行われている。
身体に大切だからといって、急に胸いっぱいに新鮮な空気(酸素)を送り込んでやれば、身体は元気になるかというと、そうでもない。
意識してゆっくりと、時間をかけて、肺の奥底にある、よどんだ汚い空気を・・・
ゆっくりと意識して全て吐き出して、意識して我慢してできるだけ長い間、肺の中をからっぽ状態にしておくと・・・、
こんどは、自然と身体は酸素を取り込みたくなってくる。
この意識して我慢するこころが大切なのです。
今、飽物の時代と言われています。欲しいものは何でも手に入り、小さな子供たちは親からこれでもかと言わんばかりに、欲しがるおもちゃを与えられ、すぐに与えられたおもちゃに飽きて捨ててしまう・・・
小さな子供は「隣の○○チャンが持っているから、あのおもちゃ欲しい・・・」と我慢することを知らず、教えられていないために、見たものすべてを欲しがります。
キャラクターおもちゃを欲しがります。親ばかりか、おじいちゃん・おばあちゃんまでが、子供や孫が欲しがるおもちゃを与え続けます・・・。
呼吸運動という言葉を購買運動という言葉に置き換えてみると・・・
無意識のうちに可愛い子や孫に購買運動を繰り返しているのでは・・・
でも、購買運動は意識して止めることも出来るはずです・・・
購買運動を止めて、我慢して出来るだけ長い間、からっぽ(おもちゃを与えない)でおくと・・・
子供は自然と身の回りにあるもので遊ぶことを考えます、
子供たちは遊びを創造する能力を身に付けます。
呼吸を止め、酸素が欠乏した状態になると、身体は自然と酸素を吸収する事を欲し、無意識のうちに呼吸をします。本能としての能力を発揮します。
このように一度欠乏した状態を作り出すことは、親・子ともに我慢が必要です、
しかし、今の時代だからこそお互いに我慢するこころを持つことは、必要なことではないでしょうか
我慢するこころを持つことは、子供のおもちゃだけに限ったことではありません。
われわれ日常接している衣食住すべてのものについても同じ事がいえます。
飽食・飽物だからこそ、我慢するこころを持つことは大切なことなのです・・・
う~ん・・・
相続に関する総合支援に 実績と実行力のある 相続手続支援センター京都 で頑張るこころは青春の団塊おじさんでした
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