NO 394 「ありがとう」という言葉

昨日に引き続き、四国の善通寺で行われた四国八十八か所霊場会主催の第43回昇補先達研修会で、特別講師として講演いただいた、真言宗豊山派の総本山長谷寺特派布教師のご住職のお話です。


人生で成功を収めた人が亡くなる前に「他人には勝ったが、自分の歳には負けた」と言いました。人の死亡率は100%です。どんなに偉い人でも、平等に「死」は訪れます。

「私は他人の世話にはならない、一人で何でもやる事ができる」と言う人がいます。
しかし、亡くなった後その人の『骨』は誰が拾ってくれるのでしょうか?

人は生まれる時も、亡くなる時もそうであるように、毎日生きていく上において、他の人の汗(助け)を受けずに生活を続けていくことはできません。

人は言葉を発して自分の意思を相手に伝える事ができます。
言葉はあるときには人に安らぎを与え、ある時には暴力にも勝る苦痛を与えることもあります。

例えば、鳥、牛、豚、魚、は言葉を持っていません。だから相手に意思を伝える事ができません。何も言わないからこそ私たちは平気で食肉として食べる事ができ、切り身を平気で食する事ができるのです。

もし牛や魚が言葉を発して「殺さないでください、痛いから包丁を入れないでください・・・」などと意思を伝える事ができたとしたら・・・・・、

私たちは、他の動植物の命を頂かないと生きていくことはできません。
たとえ動物であっても命の重さに代わりは無いはずです。命はすべて対等です。

毎日のことで、つい忘れがちになりますが、食事をするということは、命を頂くと言うことです。だから、私たちは少なくても感謝の気持ちを常に言葉に出してから、ありがたく食事をするようにしなければなりません。

『いただきます』という言葉ですが、この『いただきます』という言葉に込められている、『感謝する』という気持ちをわれわれは常に忘れてはならないのです。

この大切な命を食して生きている毎日の生活の中で、一人では生きる事ができない私たち『人』は、見ず知らずの人が自分のために流してくれた『汗』に対して、どれだけ感謝の気持ちをもって、それを自らの言葉として発しているでしょうか?

人が人として持っている能力『ことば』。
他の動物にはない言葉を発する事ができる能力を、私たちはいつも最大限に使って、他の人に自らの気持ちを素直に『ありがとう』と言う言葉で伝える、感謝の心を忘れてはなりません。

相続に関する総合支援に 実績と実行力のある 相続手続支援センター京都 で頑張るこころは青春の団塊おじさんでした

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プロフィール

ニックネーム
団塊おじさん
性別
団塊世代の男子
誕生
1948年(昭和23年生)
子年生
血液型
B型
趣味
格安ツアー、温泉、四国八十八か所巡拝、テレビのお守り
好きな言葉
義理・人情
コメント
還暦を過ぎた後も、年金受給年齢まで現役続行宣言をしています。団塊世代の身近に起こっている介護の問題や、これからの年金生活についても皆さんと一緒に考えて行きたいと思っています。
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