NO 436 四国八十八か所の札所立地環境を考える その1
平成2年に巡拝を初めてから、今年は20年目の記念すべき年。「四国が呼んでいるぅ~」と今回もまた自分の中の何かを探しに四国遍路に出かけました。
山奥にある12番焼山寺を打つ時、山道・参道に立ち並ぶ石灯籠を見て歩きながら、私は考えました。
四国八十八か所のそれぞれの札所を、一つの企業にたとえてみよう・・・と。
(恐れ多いことですが、お大師様スミマセン)
「88」あるそれぞれの札所も、その立地環境はさまざまです。
例えば、檀家もあり比較的ゆっくりしている街中にあるお寺もあれば、山奥で人っ子一人いないお寺もあります。
街中にあって、観光寺院としての性格も合わせ持つ華やかなお寺もあれば、
田舎の集落にひっそりたたずむお寺もあります。
1200年前に弘法大師空海が訪れた時には、人跡未踏の僻地、地の果てであった、室戸岬や足摺岬などは、平成に入った現代では、今や四国を代表する観光スポットという恵まれた環境に変化したお寺があります。
お寺が創建された時代、周りは集落があった程度だった環境が、時代が下がるに従って、集落が村となり、町となって繁栄し、お寺を取り囲むように商家や民家が立ち並ぶようになって・・・、逆にその環境が「参拝者用の駐車場」不足として、悩んでいるお寺があります。
このように考えると、「88」あるそれぞれの札所も、1200年の時代の流れと共に、年間10万人以上といわれるお遍路さんの受け入れ態勢もまた変わり、その変化についていくことに戸惑っているお寺もあるように考えてみました。
相続に関する総合支援に 実績と実行力のある 相続手続支援センター京都 で頑張るこころは青春の団塊おじさんでした
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