海士ファンバンク応援日記のブログ記事

ようやく朝晩か秋らしく涼しくなって来ましたが、この夏の猛暑の影響があちこちで出ています。

我が家への影響は、一晩中エアコンをかけていたおかげで電気代が増え、家計に少し影響を与えたことぐらいです。しかし、そんな小さな我が家の電気代の話よりも、猛暑の影響が思わぬ所に思わぬ影響で出ていました。

日本海の孤島、隠岐島に配所され(1221年)その地で生涯を終えた「後鳥羽上皇」(後鳥羽院)に比べ、歴史が下ること111年後の1332年、鎌倉幕府の執権・北条氏により、同じ隠岐へと配所された「後醍醐天皇」は、どうして天皇であるにもかかわらず配所・配流・遠流されることになってしまったのでしょう?

後醍醐天皇は当時の鎌倉幕府から退位を迫られます。それで天皇が継承所持している三種の神器を持って挙兵しようと倒幕計画を進めたものの失敗し、京都の笠置山に籠城するものの、鎌倉幕府軍に捕らえられてしまいます。(元弘の変・1331年)

島根県の沖合い70㌔の日本海に浮かぶ隠岐諸島、実際に訪れるまで「隠岐島(おきのしま)」と言う名前の島があると思っていました。隠岐についての知識はそれくらいしかありませんでした。
(実際におきのしまという名前の島は存在しません)

我ながら隠岐について無知だったので、港にあった隠岐についてのパンフレットを帰りのフェリーに持ち込んで少し勉強しました。それによると

アイターンで島根県隠岐郡海士町にきて、海士ファンバンクを利用して日本海の静かな入り江で、「いわがき春香」の牡蠣養殖に取り組んでいる熱心な若者夫婦は

私達夫婦が海士町で泊まっている民宿中村旅館に、その日の作業を終えてから手土産をもらったお礼にと、わざわざ訊ねてきてくれたのです。

ちょうど夕食に出された日本海の新鮮な食材を腹いっぱい食べ終えて至福を感じている時でした。余談ですが、食べたかった「いわがき春香」も食膳に出されていました。

春香と名づけられた一口では食べられないほどのボリュームのある大きな乳白色の牡蠣は、口の中に入れると、隠岐の海の香りが口の中いっぱいに広がり、ぷりぷりとしたミルキィーな食感でした。

海士ファンバンクを利用している若者夫婦は、海士町特産のブランド牡蠣「いわがき春香」として出荷するために、出荷一年前の牡蠣に「もうひと手間」をかけていました。

出荷するまで陸揚げせずに密生させたまま養殖するのではなくて、一度陸揚げをして、牡蠣の成長に合わせて、そのいわがきを吊るす密度を調整することで、牡蠣はプランクトンを満遍なく捕食できるのだそうです。

そしてその「もうひと手間」がストレスのない丸々と太ったいわがき春香を生産し、ブランド牡蠣として出荷できることになるのだそうです。

海士町の役場担当者の方のご好意で、今度は若者夫婦が「いわがき春香」というブランド牡蠣養殖に取り組んで頑張っている、牡蠣の養殖作業場に連れて行って頂きました。

海沿いの作業場は牡蠣が陸揚げされて、整理整頓されてた箱が積み上げられていました。作業場の前はきれいな海が広がっています。海の底が見えます。魚が泳いでいます。こんなきれいな海だからこそ牡蠣の養殖に適した海なのでしょうか。

海士ファンバンクを利用して「いわがき春香」という海士町ブランドの牡蠣を養殖している若者は夫婦連れでした。奥さんは用事で作業場にはおられませんでしたが、ご主人が私達に牡蠣養殖についての話をしてくれました。

この島根県海士町に海士ファンバンクで頑張っている若者に会いに来て、わずかな時間しか経過していないというのに、起業に燃える若者を取り巻く離島の夢と現実が少し判ってきました。

海士町の役場担当者の方のご好意で、今度は若者夫婦が「いわがき春香」というブランド牡蠣養殖に取り組んで頑張っている、牡蠣の養殖作業場に連れて行ってもらうことにしました。

その作業場に向かう車中で、役場の担当者の方は「海士ファンバンク」について愚痴とも本音ともつかぬお話をしてくださいました。

島根県隠岐郡海士町で海士ファンバンクから資金を借りて畜産農家を始めた若者は三年間で20頭を越す牛を飼育するまでになりました。

若者の夢は、
「50頭くらいになればようやくひとり立ちして生活していく事が出来る。早く50頭を飼育できるように頑張ります」という夢を持っていました。

しかし若者によく話を聞くと、一人で飼育していく牛の頭数の限度は20頭~30頭が精一杯の限度で、それ以上はたとえ広い畜舎があったとしても、とても満足な牛の世話は出来ないということでした。

私達が海士ファンバンクを通して『縁』を持った若者に会うために訪れた、島根県隠岐郡海士町は、産業を新しく創出するためにさまざまな施策を展開していました

その中の一つに畜産があり、その畜産の中にも、隠岐牛を生産する生産農家と、隠岐牛を飼育して肉牛にする飼育農家があるということを初めて知りました。

私達が応援している若者が、最初は子牛の生産農家として出発したものの、市場で換金して生計を立てていくためには、肉牛を飼育する飼育農家の方が現金の実入り的には良いということを、畜産市場という現実の中で知ったことも初めて知りました。

私達夫婦は「海士ファンバンク」を通して、事業出資支援者と事業者としての『ご縁』を持った若者達に会うために海士町にやってきました。

どんな若者が「海士ファンバンク」を利用して日本海の離島、隠岐の島で畜産家といて歩み始めているのでしょうか?その若者といよいよ対面です。

あらかじめ私達が訪ねていくことは伝えてあったらしく、牧舎で待っていてくれました。

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プロフィール

ニックネーム
団塊おじさん
性別
団塊世代の男子
誕生
1948年(昭和23年生)
子年生
血液型
B型
趣味
格安ツアー、温泉、四国八十八か所巡拝、テレビのお守り
好きな言葉
義理・人情
コメント
還暦を過ぎた後も、年金受給年齢まで現役続行宣言をしています。団塊世代の身近に起こっている介護の問題や、これからの年金生活についても皆さんと一緒に考えて行きたいと思っています。
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