心は青春のブログです。
私達が「海士ファンバンク」を通して事業出資支援者と事業者としての『縁』を持った若者達に会うために海士町にやってきました。
「おかげさまで「海士ファンバンク」の出資者になりたいという人が多くて有難いのですが、・・・」
「その資金を借りて事業をしていきたいという人のなり手が少ないのです」「海士町へアイターンで来てくれる人は、200人から300人ほどいるのですが、実際に畜産や養殖などに携わってくれる人はその中の数%しかいないんですよ・・・」
私達が「海士ファンバンク」を通して事業出資支援者と事業者としての『縁』を持った若者に会うために訪れた、島根県隠岐郡海士町の港には、真新しい木材をふんだんに使った待合室と物産品販売所・観光案内所が併設されている「キンニャモニャセンター」と呼ばれる建物がありました。
船から下りた人達は迎えの車に乗って港から離れていきます。見たところタクシーも路線バスもありません。信号機もなさそうです。
今日は8月2日。今日から「団塊おじさんのひとりごと」のページが二年ぶりに一新されました。新しいブログページに、新しい気持ちで、団塊世代の揺れ動く日常の気持ちをこれからも書き綴っていきたいと考えています。今まで以上にみなさまからのご支援と、叱咤激励をいただきますようよろしくお願いします。
さて、島根県の沖合い70㌔の日本海に浮かぶ隠岐諸島、島根県隠岐郡海士町は人口2500人です。減り続ける人口と漁業以外に目立った産業がないため悩んだ海士町は考えました。
団塊おじさんは、島根県隠岐の島の「海士ファンバンク」を通して出資をしている青年から利息代りに、その青年が自分で海産物を獲って送ってきたくれたことに、お礼を言うため電話をしました。
地方の小さな島の限界集落での生活ぶりについてその一端を話してくれました。その青年が都会から来て漁師(当面は見習い)として住み着いた集落は、
団塊おじさんは、島根県海士町の「海士ファンバンク」に出資している若者・A君に、出資金の利息の代わりとして、自分で獲った海産物をおくってきたことに対して、A君にお礼の電話をしました。
「ありがとうございました、えらいねぇ、全部自分で獲ったの?、すごいねぇ」「いえいえ、まだまだ見習いなので十分な漁獲量はないのですが・・・」
団塊おじさんの家に届いた島根県隠岐海士町からの冷蔵宅急便に、「海士ファンバンク出資者の皆様へ」と書かれた、一通の手紙が添えられていました。
『皆様お元気でお過ごしですか、こちらは漁師見習いをしながら頑張って生活しています。まだ、一人前の漁業収入はありませんが、将来のために漁業を習得中です。』
団塊おじさんの家に、島根県隠岐郡海士町から宅急便が届きました。「海士(あま)ファンバンク」{海士町ファンが集まって海士町に出資}に出資している若者からの、利息に代わる隠岐の島で獲れた魚介類の届け物でした。
以前にもお話したように、隠岐の島にある海士町という町は、いろいろユニークなアイデアで町おこしをしています。
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