心は青春のブログです。
久しぶりに四国遍路に出かけました。今回は高知県室戸岬にある第24番札所 最御崎寺(ほつみさきじ)から、高知県足摺岬の第38番札所 金剛福寺(こんごうふくじ)を打って、愛媛県宇和町の第43番札所 明石寺(めいせきじ)までを打つお遍路です。
今回のコースは、午前1時に自宅を出発して、最初の札所である高知県室戸岬の24番札所に午前7時までに到着、そこから一日のお遍路をスタートさせて、足摺岬を目指します。
昨日からの続きです。
考えるに、石灯籠を寄進させることは、人が潜在的に持っている『欲』を刺激する深謀戦略がお寺側にあったのではないでしょうか?
お寺のその深謀戦略とは????
20年前のそのお寺は、本堂が古く、納経所もご住職の住居部分にあって、冬季は納経をしていただく場合、ご住職にとっても、納経の順番を待つお遍路さんにとっても、寒風に曝されながらの納経でした。
ご住職にとっても、お遍路さんにとってもお互いにあまり良い納経環境とはいえないお寺でした。
経営感覚に優れている『優良企業』(札所)とそうでない『フツー企業』(札所)があります。(お大師さま、札所のご住職さま、ゴメンナサイ)
例えば、私が独断で優良企業(札所)と思うお寺を紹介しましょう。
平成2年に巡拝を初めてから、今年は20年目の記念すべき年。「四国が呼んでいるぅ~」と今回もまた自分の中の何かを探しに四国遍路に出かけました。
山奥にある12番焼山寺を打つ時、山道・参道に立ち並ぶ石灯籠を見て歩きながら、私は考えました。
四国八十八か所のそれぞれの札所を、一つの企業にたとえてみよう・・・と。(恐れ多いことですが、お大師様スミマセン)
今年は、平成2年に巡拝を初めてから20年目の記念すべき年です。しばらくお遍路に出かけないと何か物足りなくなって、「四国が呼んでいるぅ~」と今回もまた何かを求めて四国遍路に出かけました。
今回の私の参拝順路についてご紹介しましょう。土曜・日曜を利用した一泊二日です。朝7時前にその日の最初の札所につくように、滋賀県の自宅を午前3時に出発しました。
今年は、平成2年に巡拝を初めてから20年目の記念すべき年です。しばらくお遍路に出かけないと何か物足りなくなって、「四国が呼んでいるぅ~」と言っていつも四国遍路に出かけます。
そんな四国遍路、八十八か所の札所の事についてや、参拝の仕方などいろいろな角度から紹介されていますが、今日は、何回もお遍路に行きたい気持ちになる『四国遍路症候群』に罹っておられる?方の為に少しアドバイスをしましょう。
このごろ何か物足りないなぁ~と思ってよく考えてみると、今年になってからまだ一回も四国のお遍路に行っていませんでした。
団塊おじさんにとって四国遍路は日常の食事みたいなものです。お腹が減ってくれば食事をする、そして満腹感を味わうように、四国遍路をするとアタマがスッキリするように感じるのは私だけでしょうか? 私って変??? う~ん・・・
昨日に引き続き、四国の善通寺で行われた四国八十八か所霊場会主催の第43回昇補先達研修会で、講師として講義いただいた第83番札所 一宮時 ご住職のお話の続きです。
弘法大師空海が唐の都に渡った遣唐使船は、第16次遣唐使船でした。遣唐使節が派遣された遣唐使船は第17次遣唐使船までで廃止されてしまいました。
弘法大師空海は第16次遣唐使船の船団の中で、暴風雨にあいながらも運良く難破した船に乗船せず、九死に一生を得て入唐する事ができました。
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